東北への旅(森の長城プロジェクトに参加して)
2016.04.05
去る3月27日に福島県の南相馬市で開かれた鎮魂植樹祭に「森の長城プロジェクト」がボランティア募集をしており参加してきました。5年ぶりに訪れる被災地の現状はどうなのかという思いと、設立当初からこのプロジェクトに賛同してSNSでも発信をしたものの、現場で一緒に作業をしたことがなかったので参加してきました。
せっかくの東北ですから、仙台に前泊、植樹祭の後、大阪市が対口(たいこう)支援に入った岩手県釜石市を訪れたり、花巻に泊まって翌日は宮古市に足を延ばし、三陸沿いをレンタカーで北上。
帰阪前には今まで訪れたことのなかった青森まで足を延ばしました。その写真は都度フェイスブックにアップしましたが、ホームページに写真と共にまとめます。
森の長城プロジェクトに関しては詳しいホームページがありますし、5月28日には宮城県岩沼市で1万人規模の植樹イベントを企画されています。是非ご覧ください。
3月27日(日)南相馬市原町区萱浜字長沼地内
2000人の市民ボランティア、企業の皆さんが参加して2万本の苗木を植えるこの日で3回目のイベントでした。
午前10時半の開会に合わせて8時に仙台駅を出たバスに乗車。アーチを潜って直ぐに受付。
震災がれきで土に還るもので土手をつくり、そこに植樹していきます。
作業が始まって1時間ほどで裸の土が見えていた土手は人海戦術でこのように。
バスの集合地まで歩く間に、仙台から来られたご夫婦と少しお話をしました。
「どちらからですか」「大阪です」「遠くからご苦労様です」そんなやり取りの後、その方が指さしたのは海岸線からあまり離れていないところに残っている小さな林でした。
「あの木のすぐそばに妹の家があったんです。津波に飲み込まれ、今も行方不明のままです」
こうした思いを持たれた方が被災者の数以上におられる現実を思い起こしました。
震災がれきの上に何十年か経ったあとに森ができますように。小さなお子さん連れで参加されていた方がそのお子さんに話しかけながら作業をされていた姿が印象的でした。
3月28日
朝の早い時間でしたが、多くの方が熱心に見ておられました。
花巻から陸前高田を抜けて釜石へ。陸前高田では平坦な土地に高台を作る作業が進んでいる風景を抜けて、高田松原への標識を頼りに車を進めましたが、松原のあった場所は工事のため近くへ寄ることもできませんでした。(運転のため写真を撮れずでした)
釜石駅前
5年前の4月に釜石に入った際に防災服姿の野田市長とお話したシープラザ釜石の前で
3月29日宮古市田老地区
高さ10メートルの堤防が街を取り囲むように建設されていた田老地区。平成26年3月に宮古市が震災遺構として保存を決めた「たろう観光ホテル」。いわて三陸観光プラットフォームのHPには17メートルを超える津波に襲われ、4階まで浸水、2階までの部分が流失したとある。
高台の旅館から田老の夕景と翌朝の景色です。
暮らしの土台をあっという間に流し去ってしまったあの震災。あれから5年がたち現地では復興へ向けて「力わざ」の工事が進められているのは、走り回る大型トラックの多さと作業に携わる人たちの姿からも窺えます。
3月30日三陸沿いに北上。八戸から弘前へ31日帰阪
30日には写真を撮る暇もなく、ひたすら北へのドライブでした。弘前で入った食堂で進められた五所川原市の立佞武多(たちねぷた)館を見て、地元の心意気というか祭りにかける人たちの思いを感じながら大阪へと帰ってきました。